(trial)楳図かずお邸新築工事は容認されるべきか
- 最初に断っておくが、私はこの差し止め訴訟に詳しいわけではない。ニュース等で経過を知るのみである。関心点は一つ。論者は何を根拠に賛成・反対を述べているのか、その点である。
- 各紙の記事を見ている限り、楳図かずお氏側は赤白に塗られた邸宅を「自己表現」とし、建築差し止めを申し立てた住民側は「景観を破壊する」としているようだ。森淳子裁判官は「景観利益の違法な侵害に当たるとは認められない」として申し立てを却下した、という。
- テレビのワイドショーを見ていると、近隣住民の中には「すでに奇抜な建築物はこの周辺で増えているから、別にいいのでは」という証言もあり、どうやら地域の「景観」自体が崩れ始めているらしいことも窺えた。また、申し立てた住民以外の多くは「容認」というより「無関心」という雰囲気も、（その番組を見る限り）伝わった。都市にありがちな反応だろう。
- この記事に対して、長年マンガに携わってきた方々のブログで正反対の反応があった。まず、真っ先にこの「却下」に賛意をしめしたのが、赤塚不二夫氏のブレーンを長年務めてきた長谷邦夫（ながたに・くにお）氏である。（10月13日の日記より）
●新居差し止めは却下された。めでたい！
この程度の発想が抑圧されるようでは、住居の停滞が起きる。
黒川紀章さんが亡くなられたが、彼の「都市」における建築の実験には、なかなか思い切った発想があった。
都市とは、常に変容・変貌する空間であり、それを嫌悪・恐怖する人は、そこを避けて住まう発想を持つべきであろう。
逆の意味で『リトル・フォレスト』（五十嵐大介）の空間も意味のある場所であり、魅力的である。
シマシマ模様の住宅など２０年もしたら、誰も驚かなくなる。
- 一方、裁判所の判断ではなく楳図氏側を手厳しく批判したのは、漫画家のいしかわじゅん氏である。
楳図さんの新居に、建設のゴーサインが出た。
地裁が法的には問題ないと判断したのだ。
でも、あれは法律には馴染まない問題だよな。
あんな趣味の悪い家を、普通の住宅街に建てようとする楳図さんの側に問題がある。
もっとなんというか、常識とか礼儀とか、そういう類の問題だよ。
あれがうちの隣に建つことになってたら、全力を挙げて阻止する。
赤と白に塗り分けられた家なんて、毎日窓の外に見せられたら、
精神的苦痛なんてもんじゃない。
それに思い至らない楳図さんはどうかと思う。
アーティストは普通でなくてもいいけど、
社会との接点部分は普通でいいよ。（中略）
どうも年齢に関係なく、自分と社会とをきちんと見られる人が減っている。
自分はひとりで生きているわけではないということに気づかないんだろうな。
はたして楳図さんは、赤白の家を建てるだろうか。
才能のあるいい人なのに、もう少し常識を持たないとな。
常識を破るのは、作品だけでいいよ。
- 両氏に対照的なのは、長谷氏が「都市」と括ったのに対し、いしかわ氏が「普通の住宅街」としたことだ。どちらも嘘ではないのだろう。また、少し穿った見方をすれば、長谷氏はこの問題の舞台である吉祥寺に住んでおられず、いしかわ氏は住んでおられる。この差が、同じ場所に対して「都市一般の革新性」と「普通の住宅街に趣味の悪い建物」という表現の差に表れたのかもしれない。
- 住民側の「赤白は気持ち悪い」は、（もちろん気持ち悪いのだろうが）いかにも説得力が弱いと言わざるを得ない。「気持ち悪くない」と思う住民が現れたら、それまでである。「損害の客観性」を立証できない。一方、楳図氏側も「法律的にOKなら問題ない」というコメントに読めるのは、昨今問題になっている「モラルハザード」を危惧する人々の神経を逆なでしているように見える。
- 問題の本質は「景観破壊」でも「表現の自由」でもないと私は思った。どの地域であれ、どんな建物であれ、その人は新住民である。住民の一人になるのであれば、以前から住んでいる人が反発しないような事前の了解は必要だろう。その了解を（一部住民であれ）失敗した楳図氏側に落ち度はある。その点は間違いない。その上で、現在の法律では地域を条例で区切って景観を保護する規制がない限りは、たとえ赤白のシマシマでも建てるのは自由だという現実がある。これは建てる側にとってはかけがえのない権利だと思うのだが、いかがだろうか。重要なことは、各地域で景観に対する住民の意志が反映された建築基準が設定され、コントロールされていることであり、それがなければ赤白だって金色だって文句を言うのはおかしい、と思う。
