(6/23)「女性学」第9,10回

  • 昨日一日フル回転で準備した資料を携えて大学へ。「女性学」は先週休講にしたため、今回は2コマ連続になった。これは学生にとったアンケートの多数決の結果によってそういう日程になったのだが、多数決であるが故、全員が出席できるわけではない。その苦情を書いてきた学生もいたが、感想の大半は上映したドキュメンタリーの内容を賞賛したものだった。学校という密室空間で差別がいかに容易に生まれるかを1968年に実験して見せたアメリカの女性教師の記録(『青い目 茶色い目』)は、2008年の今見ても少しも古くない。ということは、私たちが十分に人権教育を受けていない証拠なのかもしれない。
  • 私が「女性学」を教えていて、いつも気を配るのは「私の言葉が『お題目』になっていないかどうか」である。お題目を覚えるのは容易だが、忘れるのも簡単である。「性による差別のない社会を」と一言で言ってしまえば簡単だけれども、考えるべきテーマは無数にある。それを13回という時間内でどう伝えるか。終わりのない改善は続く。
  • 先週末に届いた案内を見たら、今年の日本倫理学会(at筑波大学)は「性の倫理学」をフィーチャーするようである。昨年は関西倫理学会で「リプロダクティブヘルス/ライツ」が特集されていたし、徐々に倫理学会内でこの問題が取り上げられるようになってきた。私がHPで書いた『ジェンダー倫理学』の構想の実現は未だ未だだが、私が目指す方向性が必ずしも私だけが目指している訳ではないことを知ると、少し嬉しい。