(1/9)最終講義日

  • 今日は関大の今期最終日。徹夜で準備したせいか、準備物自体は余裕を持って臨む。ただし、激しく眠い。途中、ノドが涸れるが頑張って終了。
  • 私の担当する「論理的に考える」という講義は、論理学(たとえば伝統的形式論理学)の基礎を行う講義では必ずしもない。もう少し「実践面」に重点を置いていて、実際に論文を読んだり書いたりする際に実用性があるように配慮した内容になっている。しかしそのために、半期13回ではどうしても時間が不足する傾向にある。同僚の先生は、事実上テキストの前半部分だけしか教えていないという。しかし私がこの話を引き受けた当初、前半よりもむしろテキスト最終章の「論理のウソ」を解説することに興味があった。だから、そちらに重点を置く講義内容で前期を開始した。ところがフタを開けてみると、演繹的な妥当性をクラスの大半が理解するまでに講義時間の大半を要することが判明した。その結果、後期はテキスト後半部、特に論理のウソに関してはほとんど割愛せざるをえなくなったが、それでも学生から聞き取ったアンケートによれば、未消化の部分が残ったようである。
  • 野矢茂樹氏の著書でもその練習に重点が置かれているが、学生は、接続表現の微妙な使い方で区別されている、前提と結論の関係を長文からくみ取ることが総じて苦手である。おそらく高等学校の国語の授業で、意識的にそのような勉強をしてこなかったからだろう。数年前に私が教えていた塾の中学国語でも、品詞の分類術のような「技法」は習うが、文章全体から論理的関係を俯瞰する練習機会が少ないのかもしれない。長文を論理として読み取るのが苦手だから当然、論理を組み立てるのも苦手になる。
  • 来年度も学生たちの論理的構成力の向上に、わずかながらでも貢献したいと思う。
  • 帰宅後、昨年仕上げた論文の構成校正の督促が来ていることを知る。まずい、急がねば。